児童・思春期精神科病棟に勤務する看護師として、看護ケアを実施するにあたって必要とされる基礎的な知識を以下にまとめました。
子どもを取り巻く社会の状況
1. 家庭環境の変化
少子化、高齢出産の増加は、女性の社会的地位の向上と職場進出によって、子どもの養育は母親の役割とみなす従来の家族機能・親子関係が変化したことを意味します。また、児童のいる世帯の約8割を占める核家族は、家事、育児、しつけ、道徳意識などにおいて、前の世代からの伝承を受け継ぐ機会が少ないこと、育児について気軽に相談できる人が身近にいないため、母親が育児の悩みを一人で抱え込んでしまうなどの問題が指摘されています。少子化、高齢出産、女性の社会進出、核家族化などの家庭環境の変化は、子育てを親のみの責任とするのではなく、社会・地域全体が子どもの育ちに関わり、子育て機能の一部を担っていくことを求めています。
2. 教育環境の変化
教育をめぐる社会的問題として、不登校、学級崩壊、いじめなどが挙げられます。
子ども集団や遊びの中での体験を通し学ぶという機会が減少し、対人関係でのルールや、ストレスに耐えて自分をコントロールする力を身につけられないでいる子どもも多くいます。児童期に人との付き合い方を十分体験できないことは、思春期に深くかかわれる親友をもとめながらも得られないという困難を抱えることが多いといわれています。また、これまで、通常の学級に在籍する軽度の発達障害の子どもに対して、障害特性にあわせた適切な対応が教育現場で十分にできていませんでした。
子どもの対人関係能力や感情コントロール力の低下、および、障害をもつ子どもへの支援不足は、いじめ、不登校、学級崩壊などの問題の背景要因といえます。現在、子ども一人一人の教育的ニーズに応える「特別支援教育」が推進されています。
3. 子どものこころの問題と関係する社会問題
子どものこころの問題と関係する社会問題である虐待、非行、自殺は、背景に精神障害を抱えている可能性があり、関係機関と連携し、早期に適切な支援を提供する必要があります。また、児童・思春期精神科病棟に入院している子どもの中には、これらの問題をもつ子どもは少なくありません。
児童・思春期精神科を受診する子どもの動向
近年、20歳以下の未成年者の人口は減少しているにもかかわらず、児童・思春期精神科を訪れる子どもの数は著しく増加しています。この受診者数の増加は、広汎性発達障害とADHD(注意欠陥/多動性障害)の増加によるものと考えられています。しかも、発達遅滞を伴わない広汎性発達障害(自閉症関連疾患)、ADHD、行為障害などの増加が著しいです。子どもを取り巻く社会の変化によって、かつては、医療機関を訪れなかった子どもや親が、医療の対象となってきていると考えられます。
子どものこころの健康に関する取り組みと課題
子どものこころの健康は、母子保健施策の中でも、非常に重要な課題であると認識されており、「健やか親子21(2000年に策定) 」では、子どものこころの安らかな発達は主要4課題の一つとされました。そして、2010年の第二回評価では、1) 思春期の自殺の防止を含む子どものこころの問題への取り組みの強化、2) 産科医療・周産期医療を担う人材の確保、3) 低出生体重児の割合の低下に向けた取り組みの強化、4) 子どもの虐待防止対策のさらなる強化、の4点を重点的に推進していくとされました。
2005年に施行された「発達障害者支援法」は、これまで既存の障害者福祉制度の谷間に置かれ、その気付きや対応が遅れがちであった自閉症・アスペルガー症候群、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)など通常低年齢で発現する脳機能の障害を「発達障害」と総称して、それぞれの障害特性やライフステージに応じた支援を国・自治体・国民の責務として定めました。
こころの問題を持つ親子が早い段階で、身近な地域で必要な治療が受けられるような診療体制の整備が急務です。
子どものこころの発達に関する理論
子どものこころの発達に関する理論を用いて、子どもがどのような発達のプロセスを歩んできたかをアセスメントすることによって、子どもの発達に関する理解は格段に深まります。親子関係に焦点を当てた理論として、ボウルビィ(Bowlby, J.)の愛着理論およびマーラー(Mahler, MS)の分離―固体化理論があります。また、全ての子どもに共通する認知のプロセスを明らかにしたものに、ピアジェの認知発達理論があります。自我の発達については、フロイトは性的欲動を中心とした精神力動的発達理論を、エリクソンは心理社会的な発達に焦点を当てた漸成的発達理論を提唱しました。
また、思春期の子どものこころの特徴を思春期心性といいます。思春期には、親から心理的に距離を置くために、同性の仲間へと接近する一方で、同性仲間集団からの脱落を恐れ、過剰適応となる場合もあります。「自分探し、自分作り」の中で、他者の視線や他者の批判、自己の独立性・自律性への不安に対する過敏性と脆弱性が自己感覚の過敏性の増大として表れます。また、思春期の特徴として、正反対の気持ちに激しく揺れる(両価性の亢進)という特徴があります。こうした思春期心性によって、思春期の子どもは、素直に他者に支援を求めたり、受け入れることができなくなったり、支援者との関係性を不安定にさせてしまうことがあります。
子どもが罹患しやすい疾患
児童・思春期精神科に受診する子どもの主な疾患は、1) 「統合失調症」、2) 強迫性障害などの「神経症性疾患」、3) 広汎性発達障害を中心とする「心理的発達の障害」、4) 多動性障害など多彩な疾患が含まれる「小児期・青年期の行動の障害」、5) 摂食障害を中心とする「生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群」に大別されます。
入院治療の位置づけ
入院治療の主な対象となる疾患、入院の適応、入院の目標を下に表にまとめました。
表1.入院治療の主な対象となる疾患
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表2.入院の適応要件
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表3.入院治療の目標
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入院治療の実際
1. 治療の概要
治療システムは、統合失調症などの薬物療法が中心のタイプ、神経症などの精神療法的な対応が中心のタイプ、発達障害などの生活支援・環境調整が中心のタイプに大別されます。いずれの場合も、医師、看護師だけでなく、臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士、など他の職種と協働で治療にあたります。さらに、院外の教育機関、福祉機関、行政機関との連携も不可欠です。
職種に関わらず、治療スタッフに求められる役割と基本姿勢について、山崎1)は以下の6つを挙げています。
- 子どもと保護者の両方の立場に立てる
- 子どもの伴走者となる
- 子どもが向けてくる感情を、ゆとりをもって受けて立てる
- 度が過ぎたときに直面化することができる
- 遊び心を持っている
- 子どもたちの「モデル」として存在する
児童・思春期精神科病棟での入院治療においては、看護師は子どもの生活全般に関わり、きわめて重要で中心的な役割を担っています。児童・思春期精神科病棟へ入院中の子どもに対して、看護師が行うケアの内容として、『子どもへの個別の関わり』『暴力・暴言への対応』『子どもを知る』『外泊・就学への支援』『家族への支援』『集団への関わり』『医療チームの一員としての関わり』の7つの領域が報告されている2)。これらは、子どもへのケアのみならず、他職種との連携や親への対応など多岐にわたっています。
子どもの権利
1989年に国連が採択した「子どもの権利条約 」(日本は、1994年に批准)は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約で、子どもの権利を保障することは義務とされている。この条約は「生きる権利」「守られる権利」「育つ権利」「参加する権利」の4つの柱をもっています。
日本においては、第二次世界大戦後、子どもが心身共に健やかに育成されるような生活が保障されることを提唱している「児童福祉法」が1947年に制定され、1951年には「児童憲章」が制定されました。「児童憲章」は、日本国憲法の精神に従い、子どもを人として尊重し、社会の一員として重んじ、良い環境の中で育てることを提唱しています。
- 山崎透(2010b):治療スタッフに求められる役割と基本姿勢. 児童精神科の入院治療,77-80,金剛出版,東京
- 船越明子、田中敦子、服部希恵、アリマ美乃里(2010). 児童・思春期精神科病棟におけるケア内容 ―看護師へのインタビュー調査から―. 日本看護学会論文集―小児看護―, 41, 191-194.
用語解説
- 自我機能
現実との関係を調整する機能、衝動を調整し制御する機能、対象関係を維持する機能、思考過程をとりまとめる機能、不安を引き起こすような衝動から防衛する機能、心的な葛藤の影響から切り離された自律的機能、統合機能などの人の自我についての機能。
関連ウェブサイト
- 健やか親子21: rhino.med.yamanashi.ac.jp/sukoyaka
- 子どもの権利条約: unicef.or.jp/crc
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このQuestionは、WEBサイトだけに掲載しています。基礎的な知識をまとめてありますので、他のQ&Aを読む前にご一読されると良いかと思います。